一人じゃ無理。だから、みんなで一つの目標を達成する。 達成するのは難しいじゃないですか、それを如何に達成するか、っていうのを考えるのが楽しかった
営業
11年生 / 川波 恵美子
2017年11月09日 取材
今回は、営業歴11年生の、川波 恵美子さんにお話を伺いました。
一番大事にしてるのは、お客さんのニーズに応えてあげること。ホンマに困ってることに対して応えてあげないと意味がないというか…それが営業の仕事やと思っていますね。

営業のコツね・・・。ぶっちゃけ、考えてはないですよね。

そのお客さんが何を求めてはるのか、それを聞き出すというか。

難しくは考えてないですね、お客さんとしゃべっているうちに、「ああ、この人はこういう性格なんやな」とか、「こうやってあげたら喜ぶんちゃうかな」とか感じ取っていく。

まぁ、初めましての時は、その人の性格も全然分からないですし、一体何に困ってはるのかとかも分からないから、現場行ったときにお風呂見せてもらって、どんなところがお困りですか?ってしゃべってるうちに、お客さんの困ってるところが分かったら、それ以上の提案をしてあげたい、と思いますね。

 

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でも色んな人がいてるからね…。

HPも出してるから、問い合わせが来たりとかも結構多いんですけど、悪意を持って来はるお客さんもいてるし、本当に困って一生懸命ウチを調べてきはったんやな…とか、そういう見極めはしてますね。

まぁ、でも一番大事にしてるのは、お客さんのニーズに応えてあげること。ホンマに困ってることに対して応えてあげないと意味がないというか…それが営業の仕事やと思っていますね。

こういうこと言ったらアレかな?と思って黙ってはる引っ込み思案のお客さんや、この人、この施工理解してないな、とかね。説明してると「なるほど、ふんふん」って聞いてくれるんですけど、うちの仕事って中身が難しいのでお客さんもピンとこないんでしょうね。

「塗装するんですよ」「シート貼るんですよ」って言われても、イメージできへんでしょ?

お客さんがあまりピンと来てないかなと思ったら、一生懸命、施工事例見せてこういう雰囲気って説明して、それでもピンときてなかったら、そのお宅の写真に合成して渡すとか。そういうことまでやってあげる。別に、「ください。」とは言われてないんですけど、多分こうしてあげたらイメージつくかなとか思って。せっかく綺麗にするんやったらお客さんの好みにあわせてしてあげたい。

やっぱり人それぞれ趣味が全然違うじゃないですか。ピンクが嫌いな人もおれば、ブルーが好きな人もおったり。そういうのを聞き出すのは結構大変というか、まぁ経験していかないと分からないとは思うんですけど。

 

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勉強せんかったら、単純にアホなところしか行けないじゃないですか。でも勉強できへん。じゃあどうしようってなった時に、内心上げようと思って。で、生徒会やったんですよ、ちょっとでも内心上げるために。

もともとは人見知りで、人と話すのは苦手だったんですよ。でもそれはよくないなっていうのは自分でも感じていて。相手の人が困っているのがわかるんですよ。物心ついたころからですね。私、結構ませてたんで(笑)

今になって思えば、人の顔色いつも伺っていたんでしょうね。

家庭環境もあったと思うんです。母子家庭だったんで、お母さん、困らせたらあかんなっていう気持ちがあって。うちの母、若くして産んでるんで、世間の目が厳しかったというか。それも感じてたんで、この人支えたらなあかんなって思って。それで多分、周りの大人の行動をずっと観察してたんですね。

中学校に上がったら、将来のこと考えて不安になるじゃないですか。母子家庭やし、お金ないし、自分で稼がなっていう気持ちはずっと持ってたんで。やっぱりきちっとしたところに就職せなあかん。っていうことは勉強頑張らなあかん。って単純に思いますよね。中学生なんで。

ただ勉強嫌いやったんですよ。ものっすごく嫌いで(笑)授業は真面目に受けてたんですけど、復習とかが全くできないタイプで、ノートビリビリに破いたぐらい。勉強せなあかんって思ったらアレルギーになるぐらい、それぐらい勉強が嫌いやったんです。

勉強せんかったら、単純にアホなところしか行けないじゃないですか。でも勉強できへん。じゃあどうしようってなった時に、内心上げようと思って。で、生徒会やったんですよ、ちょっとでも内心上げるために。

 

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とりあえず立候補して票集めて、中学校の生徒会では副会長と会長やりました。

それも流れですね(笑)、まぁ、やっといたら何かいいことあるかなって癖みたいなもんです。

人見知りを克服したいっていう気持ちがあったんで、できるだけ人と関わったほうがいいやろうから、生徒会続けたほうがいいかなって思って。もちろんしんどいですよ、気持ち的にはしんどいですけど、そこ飛び込んでいかなって。

やりたいことも将来どうなりたいっていうのもないし、単純に金稼がなあかん、一生働かなあかんやろなっていう気しかなくて、じゃあどうするんやってなった時に何も具体案が出てこない。そんだけやっぱり知識がないっていうか…勉強もしてなかったしね。

だから、何かやっておいたほうがいいんやろうなっていう漠然とした感じでした。

自分は大した人間じゃないっていうか、劣等感持って生きてきたんで、何か一つでも自信をつけられたらっていいなぁって思ってました。

“イジメ”って、結局回ってくるでしょ?でもそれを見過ごすことができへん性格やったんですよ。

人気者ってわけじゃなかったですけど、苛められてる子がいたら声かけてしまうのはありましたね。

特に仲のいい子でもなかったんですけど、たまたま教室の片隅で囲まれて苛められてるんちゃうんかなっていうのを見かけたことがあったんで、「何してんの?」って声かけて。そしたら苛める子は「この子がどうのこうの…」って言うでしょ?何言ってんのかな〜って思いながら、「まぁとりあえず一緒に帰ろう」って、そこから引っ張っていった感じです。でもそれも完全にイジメがなくなる訳ではないですし、その場しのぎやなっていうのは感じてたんですけどね。

逆にそれで自分が苛められたりとかもありましたしね。“イジメ”って、結局回ってくるでしょ?でもそれを見過ごすことができへん性格やったんですよ。

 

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グループって上中下みたいな感じで分かれるでしょ。仲良かった子が学校でも目立つ子で、その上の子らとずっと仲良く遊んでたんですけど、その子らが翻ったら下の子らも、トトトトって翻ってオセロみたいなもんです。私の性格が男っぽくて男の子ともよう遊んでたんで、苛める子はそういうのも気に入らんくて一気に爆発したみたいで。キッカケは何でもいいんでしょうね、ちょっと鬱陶しいって思ったら全員で無視しようやってなる。

そうなったら耐えるしかないですよね。その時も普通に学校行ってましたけどね。「どけ」とか言われながら。途中、先生が気づきはりましたけど、そこでも私が大人の顔色を伺ってるんですよ。「あ、先生困ってるな」って。

先生って基本、正義感強いでしょ、この子を何とかしたらなあかんっていうか。だからと言って先生が「イジメやめてくれ」って言うわけにもいかんやろうし。まぁどうしはるのかなって思ったんですけど、そういう風に思わせてしまったことへの辛さを感じて、申し訳ないなって思って。いらんとこまで感じてしまうっていうか。

いじめは結果、卒業するまでずっと続きましたね。一年半ぐらいかな。

その時は公園で喋ったり、カラオケ行ったり、自分がやりたいことをやる。何するわけでもないんですけど、でも縛られてない!みたいな変な開放感っていうかね。今考えたら何してたんかなって感じですけど、それがあったから立ち直れたんかなって思いますね。

中学校卒業したら、就職しようと思ってたんですよ。で、親に言ったらもちろん反対されて。どこでもいいから高校は行けって言われて。うちの母親が商業学科卒業して、簿記の資格持って経理でずっと転職してたんで。要は資格を取れってことで、商業学科でなかったら金は払わん、高校いかさんと言われました。でも私は行くなら工業高校行きたかったんですよ。車とか好きでいじってみたいなぁっていう好奇心があったんでね。でも母親が工業はあかんと。あんな男ばっかりの学校はあかんと言われて、結局、商業学科行ったんです。勉強してなかったんで、中の下ぐらいのところでしたけどね。

 

高校の生徒会では、2年、3年と生徒会長でした。それも票集めて先生のハンコ押してもらったらなれますから。

高校と言っても、そんなに自分たちでやらないじゃないですか?ある程度行事が決まってるし、内容も大体先生が決めてて、生徒はその準備をするぐらい。それこそマニュアルがあるような、お子様レベルの行事だったんで楽しくはなかったですね。でも先輩たちは、言い方悪いですけど、自分たちが運営してるって思ってるんやろうな、みたいな、ちょっとひねくれた感じで見てましたね(笑)

楽しくなかったですね。高校の生徒会は。

 

高校は休みがちやったんですよ。ヤンキーではなかったですけど、ちょっとその時ひねくれてて“尾崎豊”状態。「何で毎日、こんな同じことせなあかんねん」って思って。学校行って毎日同じ授業受けて、何がオモロいねん!みたいな感じになって結構休んだんですよ。あと1日休んだら留年になるぐらい。半年ぐらい休んだんじゃないですかね。

その時は公園で喋ったり、カラオケ行ったり、自分がやりたいことをやる。何するわけでもないんですけど、でも縛られてない!みたいな変な開放感っていうかね。今考えたら何してたんかなって感じですけど、それがあったから立ち直れたんかなって思いますね。母子家庭っていうのもあったし、いろんなストレスがあったんでしょうね。

 

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高校卒業後は、親にもうそれ以上お金使って欲しくなかったんで、就職しようと思ってたんですよ。でも、今は学歴社会や!って感じで。

そんならお金借りるわと。ただ利子のないお金の借り方ってないんかなと思って調べてもらったら、審査厳しいんですけど区役所で母子家庭やと借りれるっていうんで、それでうまいこと短大まで進めたんです。

私は行かへんって言ってたんですよ。でも親がなんとか行かせるために、調べたんでしょうね。これでお金借りれるから、と。

何があかんのかって言うのを全部聞き出して、それに対しては全部やる感じです。向こうは否定的やからそれを肯定させるために、全員集めるとか、時間厳守とか、自分らで全部しますからとか、一個ずつ全部覆して行ったんですよ。

短大では商業学科でした。資格は、いるやろうと感じてたんで。

親がよく転職してたんですよ、多分10回以上ちゃうかな。でも転職できてたんも、結局簿記の資格持ってたり経験でいけてるんやろうなって思ってたんで、自分も何かしらの実務はかじっとかなあかんなって思ってた。将来こうなりたいっていのはなかったんで、とりあえず何かしとこうと思って、自分ができそうなのが商業学科。商業って、ほとんど教科書勉強せぇへんでしょ?普通科やったら多分、本3冊ぐらいあったから、勉強せんでいいっていうのが魅力やったんです。

 

うちの短大2つあって、伊丹校と大阪校。それをまとめてた学科長がなぜか入学する前から私のことを知ってたみたいで。お前が(生徒会)やれ、と。え?誰この人ってなったんですけど(笑)

なんで知ってたんか未だに謎で、そういう風習なのか何なのか分からないんですけどね。

 

 

学生生活は、何いうても短大が一番やりがいありましたね。短大では、生徒会が「学友会」っていう名前やったんですけど、それこそ書類作るのも何でも、イチから自分らで何でもやらなあかん。それがすごい面白くって。

 

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最初は、私はペーペーで入って先輩が会長。でもその先輩のやり方があんまり好きじゃなくって。だってせっかく自分らで何でもできるのに、もっとやれるのにな、みたいな。あれあかん、これあかん、って言って、かと言って自分から意見を出すでもないし、何のために会長やってるのかなと思ってもどかしかったですね。だから自分が会長になった時には「よし、やったろう!」と思いました。

まず、学校が2つあったんで、共同で何かやりたいなと思ったんです。それぞれの学校に会長さんがいて、時々顔を合わせて「そっちの学校どう?」みたいな場はあったんですけど、共同で何かをすることがなかったんが、もったいないなと思ってたんです。

入学後すぐに球技大会があったんで、それ一緒にやったらいいやんって思って実現しました。

大阪芸術大学の短期大学部で、大阪校は狭いけど伊丹校はすごく広いから共同でもできるだろうとなったものの、大阪校だけでも学生何百人もいてたんで、じゃあ何で行くん?で、バス使ったらいいじゃんってなって。バス4台ぐらい借りたかな?承認降りるまで大変で、2ヶ月ぐらいかかりましたけどね。

先生には、何のためにやるの?って言われて説明したら、じゃあそれ書面にしてって言われたんで書面作って、会議にかけてもらって、3回目ぐらいの会議でやっと通った。

結局、全員来るんか?っていうことなんですよ。強制じゃないイベントやったんですけど、みんな任意参加のこともあんまり知らんかったから、強制やというふうに思わせた。「え?球技大会って全員参加やで?」「えーまじで?いかへんの、うそー」って感じでね。

 

「何人集められるんや?」って聞かれたから「全員です」って答えて、それで認めてもらって。

まぁ2人ぐらい遅れてきましたけどね。ちょっとバス待ってくださいとか言いながら。まさかそれでオッケー出ると思ってなかったんで。

学友会でも1人先生がついてて、その先生 対 他の先生、と言う感じだったので、生徒がその会議には出れないんですよ。なので書類とか全部作って、こういう風に言ってくださいって言ってその先生に全部沢してたんで、その先生のおかげでもあるんですけどね。「ほんまに言うの?」って、すごい嫌そうでしたけどね。「多分当らんと思うでー。ごめんなぁ」って言われてたんですけど、結局「通ったわ」って(笑)。

 

単純に、ないですからね、今までにそういう事例が。だから書類作りまくりですよ。何を説得材料にしようかってね。結局、他の先生方からしたら、それやって何なるの。お金使うだけやんって思ってたでしょうし。またうまいこといく保証もないですしね。先生同士も色々あるか分かんないですけど、でも情熱が伝われば絶対動くと思ったんで。

なんで認めへんねや、頑固オヤジめ!どないしたら認めんねやって話で、何があかんのかって言うのを全部聞き出して、それに対しては全部やる感じです。向こうは否定的やからそれを肯定させるために、全員集めるとか、時間厳守とか、自分らで全部しますからとか、一個ずつ全部覆して行ったんですよ。

 

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最終は、向こうが折れてましたね。認めたって言うよりかは折れたっていう感じでした。

もうやると決めたらやりたいんですよ。そういう性格なんでしょうね。絶対やらしたるって。だからみんなには大変な思いさしましたけどね。

 

その球技大会の前の新入生歓迎会も、全員参加させる意気込みでやって、過去最高人数集めました。

その時はどうやって集めたんかな。チラシ配ったりとかもあったんですけど、何せ声かけしたんですよ。

ただ単に「参加してねー」じゃ、けえへん子もおるから、ちょっと興味を引かせるとかね。

何やったか忘れましたけど、これやったら参加するやろうっていうのを用意したり、絶対参加せなあかんみたいに思い込ませて、ほぼ全員集めましたね。

一人じゃ無理。だから、みんなで一つの目標を達成する。 達成するのは難しいじゃないですか、それを如何に達成するか、っていうのを考えるのが楽しかった。

私のワガママから始まる。じぶんのアイデアが形になる、それが面白かったんですよ。

もちろん、一人じゃ無理。だから、みんなで一つの目標を達成する。

達成するのは難しいじゃないですか、それを如何に達成するか、っていうのを考えるのが楽しかった。

 

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下の子もある程度慣れてくると、私が動くと勝手に動くんですよね。そういう仕組みになっていったんです。

一人一人が考えるようにしたんですよ。だからみんなが目標に向かって頑張ってた。

言われたことだけやってるのは面白くないって、実体験で分かってたんで。相談みたいな感じで、これやりたいねんけどどうしたらいいと思う?って言いながら、その子に考えさせる。

ただ、その子たちと同じ気持ちになるっていうのは無理だと思うんですよ。自分が上の立場に立って動かしてるわけですからね。この子らがどないしたら面白くやれるんかな?っていうのは考えてましたね。

やる気のある子・ない子って分かれるでしょ?それをどう動かすかってね。

 

学祭となると、パンフレット作って広告入れて、周辺にお金集めに行くでしょ。ほんならサボる子も出てくる。それを知った子が怒るわけですよ。みんな必死でやってるのになんでお前サボってるねんって。そんだけみんな必死に頑張ってたから、ブッチいったんでしょうね。収集つかんくなったから、こらまずいって思ってとりあえずみんな集めて。

そしたら副会長の子が気強かったんで、「お前なんでサボったんや」って拷問みたいになったんですね。

それかわいそうでしょ?「あ、これよくないなぁ〜」って思って。

それはそれでごめんなさいで終わったんですけど、終わった後に「大丈夫?」と声かけて。「みんな腹は立ってるけど、自分かってサボりたくてサボったんやないやろ?たまたまそういう状況に流されてしまったんやろ?いつも一生懸命頑張ってるから。気持ち切り替えて頑張ろう」って。そういう声かけっていうのは、常にしてましたね。

ハッキリ言って仕事内容はなんでもよかったんですよ。面白い人がいるところに行きたかったんですね。結局仕事って「人」でしょ?仕事内容も大事ですけど、人間関係がしんどかったら続かないですわ。

短大卒業したときは、資格は広く浅く持ってましたね。

生徒会が忙しかったんで、殆ど就職活動しなかったんですけど、学校で企業訪問があったんで、たまたま話聞きに行ったときに「君、ぜひウチに受けに来てくれ、O型やから。」って言われて(笑)

その時は、そこに就職する気はなかったんですけど、親の顔色とか親戚の目があったから、固いところに就職せなかんやろうなっていう気持ちはあったんで、銀行とか証券会社とか、面接だけは受けとこうと思ったんですよ。もちろん受かりはしなかったですけどね。

面接に行ったら、その時受けに来てた子たちがロボットみたいっていうか。こんな世界あんの?ってビックリして。それで自分には合わへん、大企業はないかなと思って。

とりあえず声かけてくれてた会社に面接に行ったら、担当のおじさんがすごく面白いおじさんやったんで、この会社面白いんちゃうかなと思って。ハッキリ言って仕事内容はなんでもよかったんですよ。面白い人がいるところに行きたかったんですね。結局仕事って「人」でしょ?仕事内容も大事ですけど、人間関係がしんどかったら続かないですわ。だから特に何も考えてなかったって言うのが正直なところです。面白かったらいいや、みたいな。

その頃は、社会人なりたてで給料がいいも悪いも分からなかったですしね。目の前の仕事をこなしているうちに、色々思うところが出てきて、ずっとこの事務の仕事は無理やろうなと思ってきたんですよ。

営業所が40か所ぐらいあったんですけど、結局、学校訪問に来てた人事の方には、それを全部回ってほしいと言われたんです。全部回れるかなと思ったこともありつつ、副社長とも喧嘩になって、結局自分と合わへんと思ったんですよ。この会社におっても愛社精神持たれへん。どうせ仕事するなら愛社精神をもって、この会社のために、全力でやりたいっていう気持ちがあったんで。

 

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そこの社長も、口では「社員は財産や」とか言いはるんですけど、実際、中身が伴ってなかったっていうか。セクハラ的なこともあったり抑えつけられててエスカレートしていったから、先輩にも本社に言ったほうがいいよって言われて言ったんですけど、結果お咎めなしやったって言うか。この会社はそういう会社なんや。数字をあげてくる社員をヨイショして、なかなかひどかったです。

建築業界って男の人の社会じゃないですか。だからもともとグレーゾーンが広いっていうか、ほぼブラック寄りって言うか。そういう業種っていうこともその時分かったし、会社の体制も古かったんで。

「今変えるべきじゃないんですか?」って上に言ったところで、「それは今変わっていってる途中やから」の一点張りやったんですね。何を言ってもそれで、もう変わらんなって思ったから、その時点で見切りつけたんです。3ヵ月後に辞めますからと。それまでに引継ぎ頼みますって言ってね。

 

私がちょっとしたやんちゃな有名人みたいになってたから、その3ヶ月のうちに就職先を探さなあかんっていうのを全社員知ってたんですね。「自分、就職先さがしてんねんやろ?」っていろんな人が声かけてくれて、最終的に日吉さんを紹介してもらいました。

今、営業ずっと続ける中で、もちろんしんどいこともあるけど、やっぱり前向きにできるだけ考えたいって思い込みで。だから「まあいっか」っていうのが結構口癖になってるっていうか。ただ、何も考えてないんじゃなくて、考えんようにする。

商業学科でずっと5年やって、事務職を2年やってたから、事務はもういいかなって。事務を生かせるような仕事で、正反対のことをやったろうと思ってね。で、正反対=営業みたいな単純な考えでした。

不安はありましたよ、自分が数字を作るってどうやるん?みたいな。でもやってみんとわからんしね。そういう性格なんですよ、とりあえずやってみんと分からん。それで失敗したら失敗したでいいわって、前向きに考えるようにしてました。後ろ見てたって自分がしんどいだけやから。それは高校の時に痛いほど分かったんですよ。それだけ長い期間学校休んでずっと後ろ向いてきたわけで、もう死んだろかなって思ったり、多分欝やったと思うんですよ。そういう経験を経て、やっぱり前向いていかなあかんって思った。

 

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そういう日々をすごしてきたから、今、営業ずっと続ける中で、もちろんしんどいこともあるけど、やっぱり前向きにできるだけ考えたいって思い込みで。だから「まあいっか」っていうのが結構口癖になってるっていうか。ただ、何も考えてないんじゃなくて、考えんようにする。肝心なところはもちろん、どうしようこれって悶々としてるけど、考えたってしゃあないことっていっぱいあるんですよ。イコール、不安になるからそれは切り捨てる。「まぁいっか」って。それは常に意識してますね。でないとストレスで。

「よし次行くぞ!」っていう意味での「まぁいっか」です。そこで立ち止まって考えるのも大事なんですけど、キリないんですよ。考えて答え出るんやったら考えるんですけどね。これ考えても答え出んやろうっていうことは、考える前に分かるっていうか。闇に落ちる前に早々に切り捨てて、上にステップアップしていくっていうかね。

尊敬できる人を持つって言うのは、すごい大事やと思うんですね。やっぱりそれが自分の目標につながるって言うかね。

社会人になってまだ2年目やったんで、私がまず常識を知らんかったんです。髪の毛は金髪に染めてたし。

営業職に就いてまずは、「日吉さんすごいな!」って思った。

言葉じゃなくてオーラですね。なんていうか、その人の生き様というか。この人はすごいなっていうのを肌で感じたって言うか、この人みたいになりたいって。まずその目標ができたのが嬉しかったですね。

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今まで何も考えずに、そのうちやりたいこと見つかるやろうぐらいの感じで生きてきたのが、この会社入って日吉さんに出逢って、「この人とずっとおったらめっちゃ面白いんちゃうん?」っていうかね。こんだけ知識あって経験もあって…言葉では言い表せないですね。いてます?そんな尊敬できる人って。

尊敬できる人を持つって言うのは、すごい大事やと思うんですね。やっぱりそれが自分の目標につながるって言うかね。

まずは人の真似から入る。でも尊敬してる人じゃないと真似しようって思わへんでしょ?この人みたいになりたいって。それが結局、自分の肥やしになるっていうか、気ついたらその人と同じことしてる。私もそうやったんですけど、日吉さんとしゃべり方が一緒になってたんですよ。無意識ですよ。「なるほどですねー」とか(笑)で、しゃべりながら「何で、ですねーって言うてんのかな?あ、日吉さんの影響か」って。日吉さんのクセが全部うつってるみたいな。

仕事も面白かったし、必死にやってたから乗り移ってたんですかね。だからよく言われましたよ。営業行くとこ行くとこ、「日吉さんそっくりやな!娘?」とか、いろいろ言われました(笑)

 

そんな感じで、最初は必死でやってましたね。

悪いことって続いたりするじゃないですか。「あぁいややなぁ、最近運悪いなぁ」って思うんですけど、この反面、絶対いいことあるって常に前向きになることを意識してますね。

営業職は、11年目ですね。21歳でこの会社入ってるんで。私も32・・・3の年ですけど。

 

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その中でも記憶に残る出来事は、お客さんに怒られたことですね。あぁこうしとけばよかったな、っていう後悔。一生かな。やっぱり後悔が多いですね。

仕事をしていればやっぱり、喜びもあれば悲しみもあって、後悔もあって…色んな感情が入り乱れてますけど、何や言うても前に進んでいかなあかんでしょ?それには、どういう手段で進んでいくのか。石橋叩いて渡っていくんか、遠回りして渡っていくんか。日々、その模索やと思うんですよね。ただ成長するためには何をせなあかんのか。

私自身は、考えるのが苦手っていうか、いろんな体験をしないと明確にならないんですよね。いろんな会社さん行かせてもらうのもそうですし、その上で「あ、やっぱり今ってデザイン大事やな」って、当たり前のことなんですけど、それに気づくまで時間がかかるというか。

ある程度お客さんの好み聞いて進めてましたけど、実際どこまでデザインが大事なん?っていうのは意識してなかったかな、っていうのも、ここ1、2年で気づいたっていうかね。でも気づけただけラッキーやと思うんですよ。それだけ自分が仕事に真摯に向きあってると言うかね。仕事8割、プライベート2割やからね、私は。それがいい時もあれば悪い時もある。まぁ一応結婚してるんでね。

主人は同じ職場で職人なんですよ。そういう意味では、環境よくわかってるんでお互いに理解しやすいですね。ただ、営業と職人は相反するところもありますけどね。

遅くに帰って買ってきたご飯やったら、申し訳ないなぁって思うこともあるけど、うまいことバランスとりながら、仕事も充実させてプライベートも充実させて…。やっぱり楽しく生きんと意味ないですからね。そうするためには、反面で何を努力せなあかんのか。それを常に考えてるっていうか。

いいことあったらしんどいこともあるし、しんどいことがあったらいいこともある。そういうもんやと思い込む。悪いことって続いたりするじゃないですか。「あぁいややなぁ、最近運悪いなぁ」って思うんですけど、この反面、絶対いいことあるって常に前向きになることを意識してますね。

性格がちょっとネガティブで、それは自分で気づいてるんですよ。だからできるだけダークな部分を抑えて、自分で感情をコントロールしてる。でないとしんどいですね。時期によっては仕事がめちゃめちゃ忙しくて、毎日22時~23時に会社出るときもありますし、でも仕事があるからやらなあかんし、やりたい。そこに色んな不幸じゃないですけど、現場で失敗したり、自分がやった失敗じゃないけど自分の失敗って受け止めないといけないようなことが積み重なるとね。

私は一応上の立場に立ってるんで、下の子らを支えたらなあかんから、下の子の失敗で菓子折りもって謝りに行ったり。それをストレスと感じないように気持ちを切り替える。でないと生理止まるんですよ。やっぱり女の子は体にくるから、3~4か月生理止まったり。それで「あぁ自分はストレス感じてるんやなぁ」って思ったら、「有給取って旅行に行こう」とか切り替えるようにしてますね。

 

将来に向けては、社員全体の幸せを続けたいっていうことですね。

ウチが大企業やったら別にいいかもですけど、まだまだ成長していける会社やと思ってるんで、ここで土台しっかりを築いて全員が幸せになれたらいいなぁって。

それが願いです。

 

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Thank You Message

インタビュワー 0さんから 川波 恵美子さんへ、インタビュー体感後のメッセージです。

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