競争相手のいない仕事、何かないかなと思っているところに、たまたまこれに出逢って。「これは聞いたこともないし面白い!」と思って始めたのが今のビジネス。
代表取締役・営業
39年生 / 日吉 孝夫
2017年11月09日 取材
今回は、代表取締役・営業歴39年生の、日吉 孝夫さんにお話を伺いました。
看板作ったりチラシ作ったり色んな事やって、情宣(情報宣伝活動)を必死でやって。 パネルもサブロクバン、16枚貼りに絵を描いたり、しんどかったけど当時はそういうのに生きがいを感じてたかな。

親がね、ガソリンスタンドとか田舎で頑張って商売してたから、小さい頃は漠然と、「こういうのをやるようになるんかな」と思っていましたけど。ただ高校に進学して、周りを見ると職業も色々で。

大学は理系で男ばっかりのクラスやったから、クラスの3分の1は医者。逆に自分みたいなのは目立つわけですよ。

田舎帰ったり、大阪でも医者やってる者も多くて、自分の親も僕の友達の医者に診てもらったりとか、そういう面ではラッキーやったかな。あと、女性は先生とか堅い職業ね。

そんな中でいきなり商売もあれやなぁと、とりあえずどこか就職してと思っていて。大学が理系(化学)やったから、先輩みたら大体、就職先は、住友化学とか多くてね。たまたま親戚でも住友化学行ってる人が3人もいたから、「お前も入れ」とか言われて。

ただ、高校・大学と応援団してて、応援団のほうが楽しくてね。

大学でアメリカンフットボールが強かったんで、その試合に何万人学生を集めるかっていうことで、結果的に僕の大学で2万人集まった。今でもそれだけ集まるから、全体で3万人ちょっとかな。そのために、看板作ったりチラシ作ったり色んな事やって、情宣(情報宣伝活動)の活動を必死でやって。パネルもサブロクバン、16枚貼りに絵を描いたり、しんどかったけど当時はそういうのに生きがいを感じてたかな。

 

p_story-bath-systemdesign03-1

 

それとか、アホみたいにテレビ番組に出たりね。今の人は知らないだろうけど、当時「フィーリングカップル5vs5」とか。今は学生が普通にテレビに出てるけど、当時は大学生がテレビ番組に出るというのはあんまりなくて。他に「アタック25」とかも出た。あれは僕が大学1年の時に始まった番組で、ほかは「三枝の国盗りゲーム」とか「ラブラブ…(何とか)」とか。アルバイトで、“その他大勢”で出るんですよ。これは団費を稼ぐために。一応、大学は4年で卒業しましたけど、そういうことばかりやってました。

リクルートに入った時は、特に何の考えもなくて。
ただ「何かしてみたい!」というかね。このまま田舎に帰って…とか、白衣着て技術者になって…というのはちょっと面白くないなぁと思っていて。

リクルートに入った時は、特に何の考えもなくて。

ただ「何かしてみたい!」というかね。このまま田舎に帰って…とか、白衣着て技術者になって…というのはちょっと面白くないなぁと思っていて。

キッカケは、大学時代に応援団の関係で「2日で3万円のアルバイトでやりませんか」って声かかったことでね。体育系のクラブに入っている人に向けて、2日間の「リーダーシップサーベイ」というのをするので来てくださいという話で。実はそれも採用のテクニックだったみたいなんだけど。2日で3万円くれるから「団費入れられるし、いいやん」と思って参加して、それがキッカケで「リクルート」という、当時は僕も知らない訳のわからない会社に入った。

教授には、冗談半分で「税金泥棒!」とか、「なんで専門生かしたところへ行かへんのや!」とか言われたし、親には「ヤクルトか?」と言われて、「ちゃうちゃう!リクルートセンターや。」「え?陸運センターか?」とか(笑)。まぁ、当時はそういう時代だったんだけれどもね。

 

p_story-bath-systemdesign03-2

 

当時、リクルートに入ってきた男は、大体みんな「受付のおねえちゃん美人やなぁ」とか、そんな感じだった。ただ、先輩が飲みに連れて行ってくれたり、周りの先輩とか同期がもの刺激的で、影響はすごく受けたかな。

僕なんて、広告の「コ」の字も知らなかったから、こんな紙で何で100万とかで売れるんだろうかとか思っててね。最初は先輩について行くんだけど、申込書に50万って書くときは手が震えてね。「うわー50万!こんなんでお金になるの?」ってそう思ったのが最初。

そのうちに、「いやー50万なんて少ないかな」って思えてきて、「社長~250万のこっちやってくださいよー」とか言いながら、だんだん慣れてくる。ただ、それもお客さんが喜んでくれるっていう、やっぱりそこですよね。

僕らが頑張って努力して、お客さんの要望に応えていったらお客さんも喜んでくれるし、自分もやっててよかったな、みたいなね。結果的にビジネスというのは、それの繰り返しという気がするけどね。

もっと競争相手のいない仕事、何かないかなと思っているところに、たまたまこれに出逢って。
「これは聞いたこともないし面白い!」と思って始めたのが今のビジネス。

リクルートでは、社長にもなれないし、別になりたくもなかった。

大阪にいたけど、本社は東京だから、今からまた東京に転勤とかも嫌だしなぁという気持ちもあったり、

サラリーマンをしている中で、自分はもうちょっと違うことできるんちゃうかな、と思ったりしててね。

2000年だから、大体44歳の時に辞めたんかな。

 

その後は、実家の田舎で跡継いだらいいかなという思いもあって、とりあえず商売やろうっていうことで、パソコン作りはじめたんだけど、大失敗して。その時は何にも考えてなかったからね。これはダメだなと思って。というのは、単純に競争相手が多い。競争相手の多いビジネスは、やっぱりダメだな、と。お客さんのためには勿論しないといけないけど、どうしてもコストがかかることだからね。競合が多いと、僕以上に優秀な経営者や社員がいてっていうのはやっぱりあるし。

だったら、もっと競争相手のいない仕事、何かないかなと思っているところに、たまたまこれに出逢って。

「これは聞いたこともないし面白い!」と思って始めたのが今のビジネス。僕はこういうのは知らなかったわけだけれども、知らないことを知る、お客さんからの要望に対して、とりあえず答えるために色んな人に話を聞く。彼女(川波さん)なんかはすごくて、ほんとにどんどん色んなメーカーに問い合わせは入れるしね。「これわかりませんか?」とかね。そういうことがずっと、会社にノウハウとして蓄積していったっていうかな。分からないことが分かったら面白いしね。

 

そうするうちに、逆に天下の大会社、建設会社や不動産会社なんかも、「君のところすごいね!」と。TOTOとか日立とか、ユニットバスを売っているような人たちにも、「君のところはそんなこともできるの?」とか「教えてくれ」とか言われることもあって、単純にそういうことがあったら嬉しいっていうかね。当然、ビジネスにもなるわけで。

 

p_story-bath-systemdesign03-3

 

ビジネスのネタとして、たまたまこれに出会って、たまたま彼女にも出会った。

ここの半分ぐらいの場所でやってるところに彼女が入ってきてくれて。

まぁ彼女もなんか自分でできることがあるやろうと思って、たまたまそんな会社でも入ってきてくれたんやろうけど、普通やったら、もうえぇわぁってなってもおかしくなかったやろうけどね。

面接の時、「こういうお風呂好きなんです!」って言ってて、あとで、「実はあの時、嘘でした!」ってよく言ってるけど、そんないきなりうちのやつ知ってて、「これしたかったんです!」なんていうはずないやろうと (笑)

でも、まぁ最初は面白そうだからって始めて、その後何年かして、ホンマに好きになっていったとは思うんですけどね。

やっぱり何でもそうやと思うけど、当事者意識が大事というかね。大企業であれば、そうでなくてもいいかもしれないけどね。 あんまり細かくいうのはダメだけど、色んな知識はやっぱり教えてあげないとね。あとはそれをどう応用するか云々は、本人のやる気次第。そう思って人を採用してきたわけだけれども。

やっぱり何でもそうやと思うけど、当事者意識が大事というかね。大企業であれば、そうでなくてもいいかもしれないけど。

今は社員十数名ほどいますけど、彼女(川波さん)が入った当時は2人だけで、全部外注さんだったから。お客さんとの交渉から外部の職人さんへの依頼など、どちらにしろ自分自身が動かないと前に進まない。

そういう面では、彼女は当事者意識が強烈だから。

そういう「自分が、自分が」とか、「自分がやりたい!」という気持ちがある人でないと、少なくともこの会社では僕とはあわない。それは経営者のワガママかもしれないけど、ちょっとやってよ、って言ったらわかりました!っていってくれるような。僕自身の、こんなことしたいな、こうしたらいいな、っていうのも、彼女が中心になってみんなでやってくれた。

あんまり細かくいうのはダメだけど、色んな知識はやっぱり教えてあげないとね。あとはそれをどう応用するか云々は、本人のやる気次第。そう思って人を採用してきたわけだけれども。

 

p_story-bath-systemdesign03-4

 

あとは仕事のしやすい環境づくり。

みんなが「この会社におってよかったな」って思えるような。それを創るのは社員一人一人でもあるし、やっぱり経営者だからね。じゃあこういう制度を作ってやろうか、とか場所のこととか。

一番最初はここの半分ぐらいのところでやってて、この場所に移る時は「会社潰れるんちゃうか」って、周りからは大反対だった。

売り上げっていうものは、最初はなかなか伸びないわけやけれども、ちょっとずつ伸びてきてね。何となく3~4年ごとにピュッと伸びるような傾向があって、伸びないなぁと思ってたら不思議と3年ごとにゴーンと伸びたりして、次はこうやなとか(予想が立てられるようになってきた)。

今はご存知の通りホテルブームで、ホテルの案件も非常に増えてきてね。

それまでは東京のホテルをずっと継続してやってたんだけど、彼女(川波さん)も金沢行ったり、結構頑張ってくれた。

ホテルの現場に行くときは、事前に材料をいっぱい用意して持っていくわけだけれども、前の事務所のままだったら、とてもじゃないけど無理だった。高いお金出してどこか一時的に他の場所を借りたとしても、極めて労働環境が悪いというか。

だから、その前にこの場所を借りていてよかったな、と。

最初にこの場所を借りる時はみんな、「日吉さん、いろいろ言うてしゃあないなぁ」、「ええかっこしたいんやなぁ」って思う部分もあったかもしれないけど、結果的にそれがよくって。

たまたまこうなったわけだけど、僕自身はヤッターって思っていたんだけどね。

 

p_story-bath-systemdesign03-5

「こういうものを使ったらどうかな、チャレンジしてみようか」とか、「お客さんがこう言ってるからやりましょう」、「うんやろう。謝るぐらいならできるだろう」とか言いながら、試行錯誤してずっとやってきた。それが今もずっと続いていてね。

最近の一番ホットな話題はデザインの話。

彼女が入ってきた10年以上前は、今やっていることの何分の一しかできなかったわけですよ。

そこの壁にいろいろ貼ってある、施工前・施工後っていうのも、彼女が入ってくる前はやってなかった。

 

p_story-bath-systemdesign03-6

 

その下に塗装しているのもあるでしょ。それでスタートして、そうしていくうちにお客さんから、「タイルの床や壁ももっときれいにならないの?」とか、「傷んでるそれはなおらないの?」とかいう要望が出てきて。

今は内装材メーカーが(3M、サンゲツ、リンテック、東リ)、お風呂の塗装剤もいっぱい作ってくれるようになったんで、僕らもどんどん仕事の幅を広げられるようになったんだけどもね。

そういうものがない時には、僕と彼女で「こういうものを使ったらどうかな、チャレンジしてみようか」とか、「お客さんがこう言ってるからやりましょう」、「うんやろう。謝るぐらいならできるだろう」とか言いながら、試行錯誤してずっとやってきた。それが今もずっと続いていてね。彼女がやってきたことを今の営業マンや、職人の子たちが引き継いでる。

 

p_story-bath-systemdesign03-7

 

最近でいうと、家が敷地に3棟ぐらいあるような大金持ちのお宅に、十何年間ずっと使ってない大きなお風呂があって、それを家族のご結婚か何かあったのかな?それを使いたいという話があって。

このオレンジのをパールかメタリックにしてどうのこうの…とデザインのこだわりを言われて、彼女が必死になって色々な塗料メーカーとかを引き込みながらやってくれて。今日も行くのかな?

僕はどんどんそういうのをやってもらいたいと思っていて、逆にそういうのをやらないと結果的にはお客さんからは評価されない。どんどんそういうことができる会社ができてきてるのかなと思いますね。

僕らのビジネスはゼロからだから、もっともっとこんなことを、といっぱい課題がある。 既存のビジネスやったら、どこかがやってるのを真似したらいいだけというかね。営業で言えばこれだけやりなさいとノルマがあるような。

ただやっぱり「仕事」というのは「喜ばれる」というかね、お客さんのためにやれば一番こっちもやりがいがあるし、やればやるほどやっぱり、簡単に言うと儲かる。

でもそうしてお客さんのためになるには、いろんなことを自分たちで努力していかなあかんというかね。

そりゃあ、努力してもできないこともある。それについては彼女の言うように「まぁええか」と前向きに。

特に僕らのビジネスはゼロからだから、もっともっとこんなことを、といっぱい課題がある。

既存のビジネスやったら、どこかがやってるのを真似したらいいだけというかね。営業で言えばこれだけやりなさいとノルマがあるような。

うちにも保険会社出身の子が2人おるけど、保険は割りと堅いイメージがあるからね。話を聞いていると、やっぱり決められたものを売りなさいと。生命保険なんて僕ら、みんな入ってたしね。

僕ら若い時にはニッセイとか住生のおばちゃんが来て、「あんた、新入社員?入るのよ。課長にはもう話しといたから」とか言われて、保険は入るものと思わせといて、そんなんで何十人も契約取れた時代があったけど、今はそうじゃないから、なかなか仕事の面白みがないというかね。

本来、保険と言うのはその人の人生にとって大切なものではあるけども、今は競合も多いし、昔以上にいろんな商品があって、面白くないというかね。

 

p_story-bath-systemdesign03-8

 

それで言うと僕らの場合は興味もって入ってくるから。

たまたま僕がビジネスに失敗して、競争相手がいなくて、ゼロからだけれども頑張れば面白いんじゃないかっていうことで始めたんだけどね。

「日報」という手段じゃなくて、日報なんか書くぐらいなら、きちんとその時間にお互いコミュニケーションとったらいいだけだし。下の人間が500人も1000人もいたら大変だろうけど、たかだか10人ぐらいであれば、普通にコミュニケーションとってたら分かる。

「リクルートの営業」って大きいじゃないですか。いろんな制度についてもね。もちろん同じ様にはできないことも多いけど、真似できてよかったことについては、この会社でもやっていこうと。

彼女には「日報つけないんですか?日報つけないと一流企業じゃないですよ」「リクルートは日報なかったんですか?」とか言われたけど。「いやそんなんないよ。」と。それは別の意味で彼女には危機感があったからだろうけどね。

 

p_story-bath-systemdesign03-9

 

でもそういうことは「日報」という手段じゃなくて、日報なんか書くぐらいなら、きちんとその時間にお互いコミュニケーションとったらいいだけだし。下の人間が500人も1000人もいたら大変だろうけど、たかだか10人ぐらいであれば、普通にコミュニケーションとってたら分かる。ましてや最近は僕らの時代と違って携帯あるし、携帯かけりゃすぐに用件は伝わる。

LINEなんかもめちゃくちゃ便利というかね。「おめでとう」とか、「こんなんあったでー」とか、しょうもないこと出しても受けてくれるし。LINEスタンプも「あぁこれいいわー」って思いながら(使う)。君ら迷惑かもしれんけど(笑)。とりあえず20時以降は「遅くにごめん」、土日は「休みなのにごめんなさい」って入れといたほうがいいとか、気は遣ってるけどね。

だから解決策としては日報じゃなくて、向き合いながら、色んなことを話していければと思う。

 

彼女は別に(僕のことを)そんなに“社長社長”、とは思ってないからね。何でも悪いことは悪い、って言う。でもそれがいいんですよ。周りもそれを見てて「あ、これは話ができるんだ」と思ってくれる。僕は、そんな風にどんどん言ってきてよ、って思ってるから。一番困るのが黙ってること。黙られるのが一番困るわけでね。まぁ、真剣に仕事したい者が茶々入れられたりは申し訳ないと思うけど、(僕が)不安やから(笑)そんな感じですかね。

 

p_story-bath-systemdesign03-10

Thank You Message

インタビュワー 0さんから 日吉 孝夫さんへ、インタビュー体感後のメッセージです。

コメント

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

内容に問題なければ、下記の「送信する」ボタンを押してください。